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ちょっと寄り道

 秋も終わりのある土曜日、午後三時頃のことである。
 バスに乗っていた佑一
(ゆういち)
「あっ、下ります!!」
 と突然叫び、先に下りた人から少し間を置き、急いでバスを下りて行った。
 下りてすぐ
「ホッ」
 と息を吐き、左右を見ながら向かい側の歩道へと渡った。

 来年定年退職を迎える佑一は、近頃、土曜の午後になると気の向くままにバスに乗り、そして又、何となく自分の気持ちが動くと下車をして、又気の向くままに歩き始める。

 道を渡り切って歩道に立った佑一は、
「ふーん、間違っていないかもネ……」
 と、自分の中で動いた勘に満足して頷いた。

 その後の佑一は、幾度となく道を確かめながら歩いていた。
 しばらくして、ある細い路地の入口を見つけると、急に足を止め、トレンチコートのポケットへ右手を突っ込んだ。
 彼の大きな手には不似合いの、小さな小銭入れを取り出すと、口を開け中を覗き込んで
「ウン、ウン」
 と、二回首を縦に振った。

 路地の幅は狭く、肩幅の広い佑一は、両脇に建つ家の横壁に注意しながら、奥の方へと進んで行った。
 途中でもう一度足を止め、ぐるりと周囲を見てから
「こっちだ」
 角を右の方へと曲がり、そのまま進んだ。

 佑一の目の先にあったのは、低い屋根も遠い昔に見ていた当時のままの駄菓子屋だった。
『あの頃と違うのは……』
 と探してみると、軒下に下がる暖簾
(のれん)だけは新しくなっていた。

 佑一は暖簾の端をちょいとつまみ開け、顔半分で中を覗き、片方の足だけ店内に入れた。
「あの」
 と一声かけると、畳の上に並ぶ沢山の四角いガラス瓶の中から、棒の先についたベッコウ飴と、ザラメ砂糖をお玉の中で膨らませたザラメ菓子を指さした。

 白髪を後ろで小さくまとめた店の人が、
「ねぇ、お客さん、子供の頃この辺りで育ちました?」
 と尋ねてきた。
 佑一は一瞬驚いたが、すぐに
「この場所も、この駄菓子の種類も、少しも変わりませんね」
 と言葉を返した。

 ふと、滅多に電話もしない里の母親を思い
『あんなに白い頭になっているのだろうか?』
 と、久し振りに殊勝なことを考えた。

 戻りの路地で佑一は、大切そうに今買ったばかりの駄菓子二つを、着古したトレンチコートのポケットに入れた。
 バス停に向かって歩きながら、佑一は小声で、
「定年か……そうだなあー。そうなったら、このちょっと寄り道で楽しむ、と言うのも悪くはないナ」
 と、微(かす)かに笑みを浮かべて言った。

 秋も終わり、夕方が近い。
 冷たく風が佑一の頬をつまづくような当たり方で〝ピューン〟と通り過ぎて行った。
 佑一は、くたびれたコートの襟を立てた。
風はもう一度やって来ると、今度は膨らんだ佑一の片方のポケットの上を〝サーッ〟と撫でるようにして、路地の果てへと消え去った。

-fin-

2020.01

『タイトルありきで物語を創作する』をテーマに書いたフィクションです。
・タイトルは『ちょっと寄り道』

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